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高松地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号 判決 1969年5月13日

原告 朴寅俊

被告 高松入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 片山邦宏 外二名

主文

原告の第一次請求を却下する。

原告の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  (第一次請求)

被告が昭和四二年一〇月一一日付でした原告に対する退去強制令書発付処分を取消す。

2  (予備的請求)

被告が昭和四二年一〇月一一日付でした原告に対する退去強制令書発付処分は、無効であることを確認する。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、朝鮮人で、現在本邦に在留しているものであるが、高松入国管理事務所入国審査官は、原告が昭和二四年五月ごろ連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入つたものであつて、旧外国人登録令第一六条第一項第一号に該当すると認定し、昭和四二年二月一五日、原告にその旨通知した。原告は、この認定に対し、即日、特別審理官に口頭審理の請求をしたところ、特別審理官は、同日、右認定に誤りがないと判定した。そこで、原告は、右同日、法務大臣に対して異議の申立をしたが、法務大臣は同年九月三〇日、異議の申立が理由がないと裁決し、被告は、同年一〇月一一日、原告にその旨告知するとともに退去強制令書を発付した。

2  しかしながら、原告が昭和二四年五月ごろ連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入つたものであることは争わないが、右退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)は、次の理由により違法である。

(一) 原告は、昭和六年四月ごろから本邦に在住していたものであるが、昭和二四年四月ごろ、一時帰国し、約二〇日間釜山にいて、同年五月ごろ、本邦に戻つた。その際、原告は、連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入つたものであるが、朝鮮人は、昭和二七年四月二八日の平和条約発効までは日本国籍を有していたから、原告の右所為は、不法出国にはなつても、不法入国となるいわれはない。もつとも、外国人登録令第一一条は、「朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間これを外国人とみなす」旨規定していたが、右規定は、日本帝国主義の朝鮮における植民地支配により、土地を奪われ働くに由なく来日し、あるいは太平洋戦争中徴兵、徴用等により強制的に日本本土に移住させられ、日本の生活に根をおろしてしまつた在日朝鮮人の歴史的特殊を無視したものであつて、基本的人権の尊重という国際法上の基本原則、人道主義に立脚する日本国憲法の精神に照らして、無効であるというべきである。したがつて、原告の昭和二四年中の前記所為につき、同令を適用する余地はない。

(二) かりに、そうでないとしても、原告には、以下(1) ないし(4) に述べるような出入国管理令第五〇条第一項第三号にいわゆる「特別に在留を許可すべき事情」があるのであるから、原告に対し在留の特別許可を与えることなく原告の異議申立を棄却した法務大臣の裁決は、裁量権を濫用したものであつて、違法であり、右違法な裁決にもとづいてなされた本件処分も違法であるというべきである。

(1)  原告は、昭和六年四月ごろ来日以来本邦に在住し、善良な市民生活を送り、すでに本邦において生活の根拠を築き、妻および五人の子供達と平穏に暮していたものである。

(2)  もつとも、原告は、昭和二四年四月ごろ、一時帰国し、約二〇日間釜山にいて、同年五月ごろ、連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入つたもので、この事実が退去強制事由とされているが、右帰国の動機は、墓参ないし父母との再会という単純なものであり、その期間もわずか二〇日間位のきわめて短期間であつた。しかも、右所為に対する刑事上の制裁である密入国罪はすでに時効にかかつている。

(3)  本件処分の執行を受ければ、原告は、その生存が脅かされるばかりでなく、原告の一家は離散することになる。

(4)  なお、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「法的地位協定」と略称する。)が昭和四〇年六月二二日締結された際、「終戦前から現在までの間に一時帰国してはいるが、平和条約発効の昭和二七年四月二八日までに再び日本に入国して引続き在留している者に対しては、原則として在留特別許可を与える」旨の法務大臣声明がなされている。

3  よつて、

(一) (第一次請求)

原告は、本件処分の取消しを求める。

なお、右取消訴訟が、本件処分があつたことを原告が知つた昭和四二年一〇月一一日から三ヵ月を経過した後に提起されていることは、被告の本案前の答弁のとおりであるが、右取消訴訟は、以下の理由により出訴期間内に提起されたものというべきである。原告は同年一一月一三日付で、法務大臣宛の再審申請書と題する書面を被告に提出した。ところで、右書面の記載内容は、明らかに単なる陳情ではなく、本件処分の取消を法務大臣に求める審査請求であつた。しかるに、被告は、本件処分に対しては、行政不服審査法第四条第一項第一〇号により審査請求が許されないことを知りながら、その旨を原告に教示せず、右再審申請書を受理したのであるが、行政事件訴訟法第一四条第四項後段の「行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合」とは、規定の趣旨からみて、必ずしも行政庁の作為による場合のみでなく、不作為による場合も含むと解すべきであるところ、被告が前記のように原告の再審申請書を受理したことは、不作為により、審査請求ができない本件処分につき審査請求ができる旨を原告に教示したものというべきである。そうすると、本件処分の取消訴訟の出訴期間は原告の右再審申請が法務大臣によつて取り上げられなかつた旨の通知が被告から原告に対してなされた昭和四三年一月一一日から起算すべきものであるから、同年二月二七日に提起された本件処分の取消訴訟は、出訴期間内に提起されたものというべきである。

(二) (予備的請求)

かりに、右取消訴訟が出訴期間経過後に提起されたものとすれば、前記2(一)の違法理由は、さらに附加して述べるまでもなく、重大かつ明白な瑕疵であり、かりに、そうでないとしても、裁決当時、前記2(二)において述べたような事情が原告にあることがきわめて明らかであつたにもかかわらず、法務大臣がこれを無視して原告に在留の特別許可を与えなかつたのは、著しく公正妥当を欠く裁量権の行使であつて、右法務大臣の裁量権行使の瑕疵は、単に違法であるにとどまらず、重大かつ明白なものというべきであるから、原告は、本件処分が無効であることの確認を求める。

二  被告

1  本案前の答弁

本件処分の取消を求める原告の第一次請求は、出訴期間を徒過しているから、不適法である。すなわち、行政処分の取消訴訟は、処分があつたことを知つた日から三ヵ月以内に提起しなければならないところ、右請求は、本件処分があつたことを原告が知つた昭和四二年一〇月一一日から三ヵ月を経過した後に提起されているから、出訴期間を徒過しており、却下を免れない。

なお、原告は、被告が本件処分に対して審査請求が許されないことを知りながら、その旨の教示をせず、昭和四二年一一月一三日付の再審申請書を受理したことをもつて、行政事件訴訟法第一四条第四項後段の「行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合」に該当すると主張するが、右再審申請書は法務大臣宛のものであるところ、高松入国管理事務所に提出されたので、被告はそれを法務大臣に伝達したにすぎず、その際、被告が本件処分については審査請求が許されないことを教示しなくても、もともと、そのような教示をすべき法律上の義務はなく、したがつて教示しないことについて別段非難される筋合はない。以上のような事情のもとに、被告が原告よりの再審申請書を受理しても、行政事件訴訟法第一四条第四項後段の「誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合」には到底該当するとはいえない。したがつて、原告の右主張は失当である。

2  本案の答弁および原告の法律上の主張に対する反論

(一) 請求原因1の事実を認める。同2の事実中、原告が昭和六年四月ごろから本邦に在住し、昭和二四年四月ごろ一時帰国し、同年五月ごろ連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入り在留している事実および法的地位協定締結の際原告主張のような内容の法務大臣声明がなされている事実を認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 原告は、外国人登録令第一一条の「朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間これを外国人とみなす」との規定が、基本的人権の尊重という国際法上の基本原則、人道主義に立脚する目本国憲法の精神に照らして無効であると主張する。

しかし、同条は、朝鮮が、カイロ宣言およびポツダム宣言以来わが国の主権から離脱すべく定められ、かつわが国の連合国に対する降服以来事実上わが国の支配から離脱して国際法上特異な存在をなし、朝鮮人の本邦への入国および本邦における居住移転に関しては一般外国人と同様の取り扱いをする必要があつたことに対処して、それらのことに関して一般外国人と同様の規制をする旨を定めたにすぎない。原告が主張するような在日朝鮮人の歴史的特殊性を考慮しても、右のように朝鮮人の本邦への入国および本邦における居住移転に関して一般外国人と同様の取り扱いをすることが、直ちに基本的人権の尊重や人道主義の精神に反するということは到底いえないところである。したがつて、原告の右主張は失当である。

(三) 原告は、本件処分の前提となつた法務大臣の裁決に裁量権の濫用があると主張する。

しかしながら、特別の条約の存しないかぎり、外国人の在留の許否は、国際慣習法上、当該国家の自由裁量により決定しうるところである。出入国管理令第五〇条に規定された在留特別許可は、法務大臣の全くの自由裁量による恩恵的措置であつて、法務大臣の完全な自由裁量に委ねられているものであるから、その裁量権の行使につき、裁量の踰越や濫用の問題を生ずる余地はない。したがつて、原告の右主張は、失当である。

第三証拠<省略>

理由

(原告の第一次請求について)

一  まず本件処分の取消しを求める原告の第一次請求が、出訴期間内に提起された適法なものであるかどうかについて、検討する。

行政事件訴訟法第一四条第一項によれば、行政処分の取消訴訟は、処分があつたことを知つた日から三ヵ月以内に提起しなければならないが、本件処分のあつたことを原告が知つた日が昭和四二年一〇月一一日であることは当事者間に争いがないから、本件処分の取消しを求める訴訟は昭和四三年一月一一日までに提起されなければならないものである。

もつとも、原告は、被告が本件処分については審査請求が許されないことを知りながら、その旨の教示をせず昭和四二年一一月一三日付の原告の法務大臣に対する再審申請書を受理したことをもつて同条第四項後段の「行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合」に該当すると主張する。そこで、右主張の当否について検討するに、行政不服審査法第四条第一項第一〇号によれば、本件処分について審査請求が許されないことは明らかである。ところで、被告が原告に対しその旨の教示をせず原告主張の再審申請書を受理した事実は、被告も認めるところである。しかしながら、元来、被告は本件処分について審査請求が許されないことを原告に教示すべき法律上の義務はないのであるから、被告がその旨の教示をせず単に原告の法務大臣に対する再審申請書を受理したことをもつて、被告が誤つて本件処分につき審査請求ができる旨を原告に教示したものとは到底解することはできない。なお、原告本人は、その第一回本人尋問中で、被告や高松入国管理事務所入国審査官審査課長高崎辰三が、本件処分に対する法律上の正式な不服審査の方法として、法務大臣に再審査の申立をする方法があることを原告に教示し、そこで、原告は右高崎課長から再審査の手続の仕方を教えて貰い、昭和四二年一一月一三日付で法務大臣宛の再審申請書<証拠省略>を被告に提出したと供述するが、右供述は、証人高崎辰三の証言に徴して採用することができず、かえつて右証言によれば、高崎課長は、原告から再審査の手続について尋ねられた際、原告に対し、再審査の申請といつても、法律上認められたものはなく、ただ従来退去強制令書発付後の事情の変更等を法務大臣に陳情して在留の特別許可を嘆願することは行なわれてきた旨教えたにすぎないことが認められる。その他には、被告が誤つて本件処分につき審査請求ができる旨を原告に教示したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件処分の取消訴訟の出訴期間につき、行政事件訴訟法第一四条第四項後段の適用を認めることはできないものというべく、原告の前記主張は採用できない。

ところで、本件処分の取消しを求める原告の第一次請求が昭和四三年二月二七日提起されたことは、本件記録上明らかであるから、右第一次請求は、出訴期間を徒過しているものといわなければならない。

二  以上検討したところによれば、原告の第一次請求は、不適法であつて、却下を免れない。

(原告の予備的請求について)

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分が無効であるかどうかを判断する。

1  原告が昭和六年四月ごろから本邦に在住していたものであるが、昭和二四年四月ごろ一時帰国し、同年五月ごろ連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入り在留しているものであること、すなわち、原告が外国人登録令第一六条第一項第一号に該当するものであることについては、当事者間に争いがない。

2  原告は、朝鮮人は昭和二七年四月二八日の平和条約発効まで日本国籍を有していたものであるし、「朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間これを外国人とみなす」旨規定していた外国人登録令第一一条は、基本的人権の尊重という国際法上の基本原則、人道主義に立脚する日本国憲法の精神に照らして明らかに無効であるから、原告の前示所為につき同令を適用する余地がないにもかかわらず、原告の右所為に同令を適用してなされた本件処分は、重大かつ明白な瑕疵がある、と主張する。

しかしながら、外国人登録令が、その第一一条で「朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間これを外国人とみなす」と規定し、朝鮮人を外国人として登録させ、その出入国および在留を管理したのは、わが国がポツダム宣言を受諾したことにより、同宣言第八項により、「やがて朝鮮を自由かつ独立のものたらしむる」ことが定められていたので、朝鮮人を右の外国人登録および出入国の管理の関係で外国人とみなす取り扱いをするに至つたものであつて、原告が主張するような在日朝鮮人の歴史的特殊性を考慮しても、外国人登録令が朝鮮人を外国人とみなしその出入国および在留に関して一般外国人と同様の規制をしたことをもつて、国際法上の基本原則および憲法の精神に照らして無効とすべきいわれはない。

したがつて、原告の右主張は、失当である。

3  次に、原告は、出入国管理令第五〇条第一項第三号にいわゆる「特別に在留を許可すべき事情」が原告にあることがきわめて明らかであつたにもかかわらず、法務大臣がこれを無視して原告に在留の特別許可を与えなかつたのは、著しく公正妥当を欠く裁量権の行使であつて、法務大臣の右裁量権行使の瑕疵は重大かつ明白であるから、原告の異議申立に対する法務大臣の裁決は無効であり、したがつて、本件処分も無効である、と主張する。

しかしながら、外国人の出入国および在留の許否は、条約で特別の規定をしないかぎり、国際慣習法上当該国家の自由に決定しうることがらであることから考えると、特別審理官の判定に対する異議の申立につき法務大臣が裁決にあたつてその申立が理由がないと認める場合に、出入国管理令第五〇条にもとづき在留の特別許可を与えるか、あるいはこれを与えないで異議の申立を棄却するかは、終局的に政治的考慮をもつてする法務大臣の自由裁量に委ねられているものと解すべく、したがつて、かりに法務大臣がその判断を誤ることがあつても、それは単に不当であるにとどまり、直ちに違法となるものではない。もとより、法務大臣の右裁量権の行使も、被告主張の如く、完全な自由裁量に委ねられているものではなく、法の枠を逸脱して裁量権を行使し、ないしは、外国人の出入国の公正な管理という行政目的を無視し、恣意的に、著しく不公正な取り扱いをして裁量権を濫用することは、許されず、違法な行為となること論をまたないが、本件においては、かりに原告主張のような事情があるとしても、ただそれだけでは法務大臣が原告に対し在留を特別に許可することなく異議の申立が理由がないと裁決したことが直ちに裁量権の限界をこえたものと解することはできないから、原告の前記主張は、失当である。

3  そうだとすれば、原告の予備的請求は、さらに判断を進めるまでもなく、理由がないものといわなければならない。

(むすび)

よつて、原告の第一次請求は、不適法であるから、これを却下し、予備的請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上明雄 渡辺貢 政清光博)

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